はてなキーワード: 今日とは
大嫌いだったあいつの名前をネットで検索してしまう。不幸になっていればいいと願いながら僕はエンターキーを叩く。大好きだったあの子の名前をネットで検索してしまう。もちろん幸せなど願うはずもなく、不幸になっていればいいと願いながら僕はエンターキーを強く叩く。不幸になった彼らを見て、僕はまだ大丈夫だと安心したいのだ。こんな僕でも彼らと大差ないと実感したいのだ。卒業アルバムを引っ張り出し、片端から名前を検索していく。誰だっけと思う奴もいる。甘酸っぱいものや苦いものが胸に込み上げてくる名前もある。検索を始めて数時間、同級生の進学や就職、結婚といった知りたくもない現実を知る。好意を寄せていた彼女が綺麗になって、知らない男の隣で微笑んでいる。結婚式の二次会だろうか。見知った同級生の顔も見える。企業のウェブサイトで先輩社員として紹介されている者もいる。穏やかな笑みを浮かべ、すっかり社会人の顔になっている。彼を見てこの企業に入りたいと思う学生もいるかもしれない。入社5年目という文字を見て、卒業してからもう5年が過ぎていたことに気づく。皆それなりに年齢を重ね大人になっている。だけど僕はあの頃と同じ部屋で、あの頃と変わらない生活を続けている。今日も明日も同じで、その先に未来はない。こんな検索を続けても現実を突きつけられ惨めになるだけだ。それでも僕はやめられない。彼らとの差を逐一確認しながら、まだ大丈夫、この程度の差なら大丈夫、あってないような差だと自分に言い聞かせて、かりそめの安心感を得たいのだ。少しずつでも前に進む彼らと、ずっと立ち止まったままの僕の間には、決して越えられない壁があるというのに。
ここ数年、さらにインターネットで色々な人がつながったりしている。自分も学生時代の友人とオンラインで再会し、普通に今日の天気について語り合ったり今日食った物の写真を眺めたりしている。今はインターネットユーザーとはイコール若者の大多数なので、結構気軽にそう言うコネクションを築けるけど、ブロードバンド普及以前はそうでもなかった。
ツイッターはワンクリックで見知らぬ誰かをフォローできる。ちょっと前だとSNSなんかはマイミクに登録したりフレンド申請したりで承認含めて3クリックくらい?。もうちょい前だとブログ。古き良きトラックバックおよびコメント交流。複数回のクリックに加え、タイピングが少し必要。さらにさかのぼって、まだブログとかが流行しだす以前、個人サイトをやっている管理人は、気に入ったサイトに自分のページからリンクを貼る際、リンクページを作ったり相手にメールして許可を取ったりしていた。
それはそれは不便な慣習で、今ならワンクリックでつながれるのに、礼儀やら誠意やらお願いやら挨拶やらが必要で、すごくめんどくさかった反面、それはそれで嫌いじゃなかった。アカウントをとれば一分でWEBで発言できるSNSやCMSサイトと違い、自分で場所を借りてスクリプトを設置するかHTMLゴリゴリ書く、と言う手間を惜しまずに更新するテキストサイト、ニュースサイト、趣味のサイトなどは、公開までの敷居が高い分、濃い何かが漂っており/強い意欲が必要とされ/類が友を読んだりし、読み応えのある物が多かった。
WEB 上でわけのわからないことをやったり、わけの分からない人たちと遊んだりしていたので、微妙にいろんなところからリンクされり雑誌に掲載された時期があったのだけど、「ヒット数をあげるぜ!」とか「有名になるぜ!」みたいなモチベーションは特になかった。リアル人生で引っ越ししまくっていたので、自分の近況を友人知人親兄弟に知らせる手段が必要だったのと、web見つけたネタを一個一個友人と共有するのが面倒いのでまとめておけるスペースを作りたかった、というのが個人サイトをやるモチベーションであった。
そんな近況報告&ネタ紹介個人サイトをやっていた自分が、定期的に巡回していたり相互リンクを受け入れてた他の個人サイトは、何らかの形で「欲」をテーマにしたサイトの人たちが多かった。自分にそう言う欲が無かったのでうらやましかったために興味を持ち、やり取りをするうちに親しくなったりしていた。グッズやニュースを集めたようなサイト、毎日酒ばかり呑んでいる人のサイト、ゲーマーのサイト、赤裸々な性生活について綴ったサイト、物欲を記録してネタにするようなサイト、将来のために勉強や制作の記録をつけるようなサイト、何かになりたい、何かを欲しい、何かを知りたい、そういう情熱を持ったような人たちが、パソコン作業の手間を惜しまず個人の好き勝手に構築していた個人サイト達。自分とは趣味も志向も違う物が多かったけれど、知らない/興味が無いぶん刺激的だった。自分が興味の無いような趣味にハマったり、時間を費やしている人の日常を眺めていると、色々なヒントや発見が得られたりもした。
「心にヒマがある生物、なんと素晴らしい!」とは漫画「寄生獣」におけるミギーの台詞だが、知能が高い生物ほど、メシ食って交尾して寝る以外のことをやる傾向にあるようだ。微生物や単細胞生物が趣味に興じていると言う話は聞かないし、虫とか爬虫類も三大欲求以外の行動はしてなさげ。でも、賢い動物だと暇つぶしに同種で遊んだりする。カラスは趣味的に光り物とか集めたりする。犬も結構ヒマだと遊び始める。人間だと?
他人の余暇の過ごし方に興味がある。生物として本能を満たす一連の行動以外の時間の使い方が、人を人たらしめている要素であるような気がするから。ご飯を食べてからだを作って、家族を作って子孫を残して養って、それ以外は寝ている他の生物と比べ、人間のなんとヒマなことか。で、そのヒマを使って色々発明したり衣服に凝ったり建物を作ったりして今日の人類があるのだけど、我が身を省みるに、退化しているような印象を受けている。結構最近食って寝てるだけだから。
中学時代は寝る間を惜しんで家で好きなことをして学校で寝ていた。しかし、それ以降は年を取るにつれ、食って寝てという要素が自分の時間を浸食している比率が高まっているような気がしている。昔興味を持っていたようなことはだいたい試したので、「新しい何か」を探しているんだけど、なにかこう、DNAによる設計上そうなっているのか、生物としての経年劣化によりそうなったのか分からないけど、退屈してしまって/無為に感じて/特に興味を持てなくて、三大欲求以外のことを色々やっていられなくなった。昔はもう少しやる気があったような気がするのに?
そんな自分に比べて、インターネット経由で知り合う人たちの活動を見ながら、なんて楽しそうなんだろう!と思っていた。インターネットをしまくっている人たちは何らかの意味でオタクであることが多い。オタク、と言うのに語弊があれば、趣味人、エンターテナー、偏向的な人、何かにハマっている人、とかでもいい。自分がそう言うサイトをみていたピークの時に一日数千ページの個人サイトを見ていたと思うんだけど、みんなハマれることがあってうらやましいなあと感じていた。
そういった趣味人達の中には、孤独を趣味で昇華しているような人もいれば、妻子がありつつ趣味に時間を割いて二重生活をしているような人もいた。ただメシ食って寝ているだけの自分と比べて、なんと充実しているんだろう、そうなりたいな、けどなれないな、なんでかな、、、と考えてて、結局、自分が「どの宗教に入るかを決めていないから」だと言う結論に達した。
子供時代のことを振り返ってみる。音楽とか演劇、読書や運動、囲碁や将棋、絵画や習字なんかをを趣味/習い事/義務などとしてやっていた。モノによっては一人でできたりもするけど、複数人で無ければやれないこととかも多いので、それでみんな部活やサークルに入ってスポーツをするし、教室にいって習い事をするし、共通の趣味がある人と集まったりする。インターネットで出会う人たちも同様で、ネットで知り合ったオタク同士がイベントにでかけたり、SNSで知り合った人同士で合コンのようなことをやったり、ツイッターで知り合って呑みに行ったり、類は友を呼んで輪が広がったり、結構同じ界隈の人と言うか、共通項のある人でつるんでいることが多いと思う。昔だとテキサイのオフとか、今だとツイッターだと何々クラスタのオフ会とかね。DTMerの即売会とかもそうだし、ビジネスでブログを使っている人たちは交流会したり。
で、そういう他人と出会う際に必要なのが、「趣味は何です」であったり、「何々系サイトの管理人」であったり、「何々コミュの参加者」であったりするんだけど、自分が興味を持っていない系の活動をしている人たちに会いに行くと、なぜそこに来てるか説明するのに困ったりする。自分はそれ関係の人では無いけど興味あるから来てみた的な。何かの集団に属す際、それをやってますとか、それが好きですとか、それにハマっているからと言う理由で集まる場合が多いと思うのだけど、その辺のステップを踏まずにいきなり場違いなとこに行くので、聖地に別の宗教の人が来たような感じで噛み合わないことも多い。共通の話題とか無いし、俺は相手に興味があっても相手は同類と自分の好きなことについて喋りたいだけだったりするので。まあそれでもヒマで退屈しているから色々行って眺めているのだけど。。。自分はその宗派に所属していないのに会合に参加しているので、メッカに来たキリスト教徒のような、バチカンに訪れたムスリムのような、そういう場違いさがつきまとう。
宗教と言えば、去年マレーシアに行ったのだけど、現地のキリスト教徒に「君の宗教なんなの?仏教?」ときかれて「無宗教」と答えた。イスラム今日がマジョリティで、ヒンドゥーやキリスト教徒もいるってな各教混合のお国柄なので、相手も早めに確認しときたかったのだろう。無宗教ってどういうこと?と逆に聞かれて考えたんだけど、なぜ俺がどの宗教にも属してないかと言えば「俺は自分で色々と判断したかったから」というのが理由かと思う。
「宗教活動をしている人に、『信仰してどんな良いことがありましたか?』と聞くと 『自分の中での判断基準がしっかりした。世間には色んな価値観が溢れてるけど、はっきりしたものを手に入れて迷うことがなくなった。』と答えることが多い。※これはどこの宗教の信者に聞いても返ってくる良くある回答。信仰の最大のメリットはこれかもしれない。」というのは去年「完全教祖マニュアル」という本を出した架神恭介氏のブログからの引用だが、 同窓会とかをすると、社会人になった旧友達が割と高い割合で新興宗教に入っていて驚く。また、友人知人のブログとかで、宗教に関してのエントリを見かけることもある。みんな一人の大人として成熟してきているから、宗教とか政治とかそう言うレイヤーのことまで考えたりするようになったようだ。
「 僕の宗教に入ろうよなんとかしてあげるぜ 」と大槻ケンヂは歌ったが、俺は自分で様々な事を判断して行きたかったので、昔からあるメジャーな宗教にも、最近できた新興の物にも、特に関わらずきたのかなあと思った。子供の頃から周りの意見を聞かずに好き勝手にやっていたし、赤信号をみんながわたっていても青信号まで待ちたかったし、自分の価値観、尺度でその都度自分なりの答えを出して行きたかったので、「自分のために設立した自分の宗教に入っていたようなもの」と言える。他の宗教で提供しているような、「これなら安心、判断基準つめあわせ」みたいな部分は必要としていなかった。それが、自分が無宗教である理由かと思う。
宗教に入る,と言うことは、習慣や考え方をアウトソースするような物で、キリスト教であれば毎週教会に行くとか、ムスリムであれば決まった時間にお祈りをするとか、ある期間は断食しろとか、ユダヤ教であればある期間は働いちゃダメとか、新興宗教ならできるだけ勧誘してきましょうとか、様々な部分でその宗教ならではの判断基準に基づいた行動の指針、生活の基準、よぎる疑問に対する答えが決められていて、信者は従うことを推奨される。それぞれに意味が無いわけじゃなく、例えば規則正しい生活をすることで精神が安定する効果があるから定められている部分もあるだろうし、たまにみんなで集まって連携をとるためと言う理由もあるだろうし、その宗教が発生した地域で特定の食い物を食って病気にかかった奴が多かったりしたのかもしれない。ダイエット本に書いてあることを守って生活するとそれなりに体重が減少するように、あるいは、習い事の教則本に従って繰り返し練習すれば上達するように、または、ハウツー本に書いてあることを試してみたら意外とうまくいったりするように、そう言ったノウハウ集を宗教の経典に内包して、みんなが幸福を実感できるように意図してやってる部分もあれば、単に習慣として定着しているから今更変えても既にやってる奴が困るってことで残ってる部分もあるだろう。
インターネットで知り合った人たちの話に戻ると、音楽系の集まりでは好きなアーティストとかレーベルによってクラスタが分かれたりするし、アニメや漫画の集まりならばどの作品やキャラがいいとかで派閥が分かれたりし、テキストサイトやブログでは内輪もめでどっちにつくか議論されて両方炎上したりもするし、ってなかんじで他の宗教、宗派がぶつかるように、参加する集団において、自分の所属を明確にして適切に壁を築いて他派を排斥して行くことが良しとされる傾向が強い。多くの無宗教の人がそうであるように、「それぞれ正しいと思うけど、自分はどっちにもつかなくていいや」と言うようなテンションだったりするので、そんなに深く関わったりはしないのだけど。
「体系を体系足らしめるために要請される意味の不在を否定する記号、それのアナログなのが神で、デジタルなのがゼロ」と言ったのはタチコマだが、判断基準を決めると言うことは、自分の中で数学のグラフの原点をどこにおくか設定するような物。その0をどこに配置したらいいかわからない、めんどくさいのでしない人が結構多いので、昔の人はそのための様々なノウハウをまとめておいてくれた、で、現代版にアレンジして利用している人たちもいれば、新しい方法を提示している人もいるし、できるだけオリジナルのままがいいよねってな派閥もある。
自分はそのどれにも参加してないのだけど、個人的に思うのは、「普段使っている環境から切り離すと自分のエッセンスが相対的に増える」ということだ。特定のコミュニティでつながっている奴らは同じ言葉や話題を共有してソリッドになっていくけれど、そう言うのと距離を置いてどこにも参加しないでいると、自分の経験や過去の記憶に基づいた判断で動くようになる。
俺個人の場合は、「へりくつ原理主義」みたいなのが根底にあるようだ。一貫した論理が無ければ意味を感じないような子供で、「へりくつを言うな」と担任ごとに言われていたので、さらに強固な屁理屈思考を身につけるに至り、外資企業に論理テスト最優秀で入社したりする人間に育った。「やりたいことがない」という内容のこの文章を書いているのも、やりたいことがなぜ無いか、どうすればいいのかを論理的に考えるための試みとしてやっている側面が強い。子供の頃から判断基準を自分の頭で策定したいと考えていた。今だって、次に何をすべきなのかを自分で判断したいと思っている。
最近、俺に対するお布施がすごい。「俺の宗教」の「屁理屈原理主義派」に属し(といってももちろん一人だが)人生に迷っている人の相談に乗って答えを提案してみると、みんなご飯とかおごってくれる。部屋も貸してくれる。服もくれたりする。衣食住は辻説法で稼げるようになっているので、たまにマジで宗教法人にした方がヒマがつぶれていいのかなとも思うのだけど、でも、「俺にまかせとけ」みたいな偉そーな説法をしているわけでもなく、喫茶店や飲み屋でだべったりしているうちに感謝されるようなノリだ。ちょっと前にも書いたけど、他人の悩みを聞いて解決策を練ったりしていると、自分自身の参考になるような気がしている。他人が欲しい物を手に入れるにはどうすればいいか相談に乗ることにより、自分の視界も広がるような気もする。去年海外で仕事が無くて困っている日本人に出会って現地の採用を紹介したりもしたけど、例によって「なんでこんなに親切なんですか」と言われた。ヒマであるがゆえに、毎日のように他人におせっかいをしているので、別に普通。日常。
「毎日曲ができるのってうんこみたい 勝手に出てくる」 と言ったのは甲本ヒロトだが、俺にとっても人助けって毎日うんこすんのとかわらないよ。そう言う言動をしながら暮らしていると「お前悟ってんな」みたいなことを言われたりもする。まあヒマだから、色々考える時間があるんですよ。でもまだ自分自身の問題を解決(どのように暇をつぶすか)したりするほど悟りを開けていないので、今後も他人におせっかいをしつつふらふらしていた方がいいような気もしているのだけど。。。
そんな感じで、俺は自分の宗教に入っているので必要ないのだけど、多くの人は自分の判断基準を考えるのがめんどくさかったり、その暇がなかったり、あるいは既にある物に心弾かれて参加をしたりする。だから、世界に宗教がいくつもあるのは当たり前だ。 何かに参加して過ごす事で安心が手に入る集団を、人は求めるからだ。で、人が求める物は派閥に別れるので、、、様々な音楽ジャンルが対立するし、様々なアニメファンが対立するし、様々な球団やサッカーチームのファンが殴り合うし、ホッテントリを巡って議論がなされるし。
家族、恋人、精神安定剤、酒、マリファナ、仕事への依存、アイドルの応援、宗教活動への参加、趣味への傾倒、それらは、人が何かに寄り添いたいときに、たまたま手近にあったり優位に見えたりしたもので、きっかけは様々だけど、結果的にはそいつの心のよりどころとなり、その後も定期的に必要とされて行く物なんじゃないかと思う。タイミングとかその時のテンションとかで何がマッチするかは様々なんだけど、結構まあ、何でも良かったりするよね。
「人の求めている物を見つけてそれを提供せよ」みたいなことはよく言われるけど、俺に提供できることで他人が求めている物を生み出す活動に時間を割くことにハマれれば、それで生きて行けるしヒマもつぶれるよねって思う。金を稼ぐとか仕事をするってそう言うことだと思うし、、、前述の通り、趣味を仕事にしたり、自分が興味を持った事ばっかりやってたから今やりたいことがなくなっていると感じているので、他人の興味に乗っかって行けばその辺が解決するような気がしているんだ。
すんでる場所とかにもよるのかもしれないけれど、会合に来た人たちのレベルが皆おそるべく高かった。
いや、「すんでる場所」のせいだろそれ。待機児童が多い激戦区住民と見た。
そういう所だと「ド貧乏or母子家庭」「エリート」のどちらか両極端でないと保育園入れないし、
前者は飲み会なんて来る余裕無いだろうからエリート母親ばかりが集まったと思われる。
(旦那陣がショボいのは旦那もエリートとは限らないからだろうね。むしろエリート旦那は忙しくてそんな所来ないかも?
で、エリートでない男がエリート女と結婚出来た理由=甲斐甲斐しく妻の面倒を見る性格だから、と。)
我が家も月に二万円とかもらってめちゃくちゃ嬉しいのだけど、
も、エリートの集まりだったらそりゃ当然。
そもそもそういう人が安い認可保育園に優先的に入れて大量の税金を消費している、と言う時点で逆進税状態なんだよなあ。
多分「ド貧乏or母子家庭」や保育園入れないから母親が専業主婦やってる家庭なら二万があると無いとで全然違う家庭が多いと思うよ。
今日、3歳の娘の保育園の父母飲み会なるものに初参加してきた。
我が家は夫婦そろって(もっと言うと娘も)非コミュ気質なので、
今までこういう会合からはできるだけ避けてきたのだが、
仕方なく参加せざるを得なくなった。
しかし、この飲み会。結論から言えば、ものすごく楽しかった。
まず、奥様方が基本的に美人で明るい。
保育園の父母会ということもあって、ほぼ同年代の働いている女性ばかりなのだが
どの人もとにかく明るくて社交的。みんな著しくコミュ能力が高いのだ。
そして、よく飲む。明るく、本当に楽しそうによく飲み、よく話し、よく笑う。
つぎに、旦那様はというと・・・普通・・・。というか、
女性陣とくらべるぱっとしない。ジミメン。
だが、すごいみんな優しい。飲んで食べて楽しそうにしている奥様を楽しそうに見ていたり、
みんながわいわいやっている間、かわりばんこで子供の面倒を見たりと
まあとにかく献身的という感じがした。
まあ、そんなこんなで人と話すのが苦手な我が夫婦も
いろいろと話を振ってくれることもあって本当にとても楽しく過ごせました。
で・・・。
家に帰ってきてだ。
すごい感じた二つのことを誰かに話したくて
うずうずして、今はてなを書いている。
1)子供手当はおそらく逆進税
すんでる場所とかにもよるのかもしれないけれど、会合に来た人たちのレベルが皆おそるべく高かった。
きっと、結婚したり子供作ったりするためには、相当すぐれた人じゃないとできないんだろう。
(注:一部おれのようなラッキーだけで非モテ、非コミュでも嫁、子持ちになる人もいる)
我が家も月に二万円とかもらってめちゃくちゃ嬉しいのだけど、
ぶっちゃけ無くても、特に困ったりはしない。今日、来ていた人たちもみんなそんな感じだった。
つまり、子供手当は強者にお金を渡して、幸せな家庭の基盤を盤石にさせるようなものな気がする。
2)封建的な家の役割が逆転
俺の田舎では叔父さん達がお酒を飲んで笑って話してつぶれてた。
男がちょこまかと動くと叔父さんだけでなく、
叔母さんも「男はすわって飲んでて」といやがっていた。
でも、この父母会でその役目はほぼ100%逆に見えた。
旦那さんが子供の面倒見たり、写真とったり、会計したりしていた。
奥さん方は楽しそうに話したり飲んだりするのが中心。
もちろん、平日の羽を広げてもらおうということで意識してのことだとは思うが、
この光景は非常に象徴的なものを感じさせられた。
今日は狼って感じだった。
待ち合わせた時から、目がギラついてた。
そんでデートの後半、
抱きしめられて色々キザなこと言われた
今日は決めてやるぜ、って感じに
最初から気合入れてたんだろうな。
いつもと違って、ちょっと戸惑ったよ
ほっぺたにチューとかしちゃってさ。
はぁ・・・あんな魅力的な彼氏も
えっちなことだいすきで、
わたしとえっちなことしたいんだな
がっかりだ
ドラマやアニメなどでよく見かけるシーン。子供の誕生日に会社から電話がかかってくる。父親からの電話。今日は残業で遅くなるから家族そろってご飯を食べることができない、という内容の電話である。
子供「え~、パパ、帰ってこないのぉ…」
子供(うつむいて)「・・・」
という「悲しい」シーンだ。テレビでよく見かけるのだが、私はこのシーンに共感することができないと感じている自分に気がついた。というか、「これ、共感できなくない?」と弟に言われ、私は同意した。「もらう物(プレゼントなりケーキなり)をもらえばそれで満足だもんね」という弟の意見は、私としてももっともに感じる。
これはうちの家族が破綻しているということなのだろうか。少なくともあからさまに機能不全だという感じの家族ではないと自分たちでは思っているのだけれど、他の家族と比べれば「絆」という意味では機能不全に近い家族だと言えるということなのか。
家族全員(4人)で食卓を囲むこともほとんど無いし、外食も半年に一回程度。少ないのかもしれない。他の家族のことは、よくわからないけれど。
みなさんの家族はどうでしょう。誕生日に家族そろって食事したりすることとかって大事だと思われますか?食事の時間を共にすることも多いですか?
ttp://blog.livedoor.jp/tori7810/archives/1308182.html
女子文化にはあまりディープに関われずに馬齢を重ねてきてしまったが、一応ひとりのメスとして。女子文化はしゃらくさいものである。そんなこと作る方も 受け取る方も十分わかっているのだ。言葉を返せばしゃらくさくないものは女子の文化たりえない。重厚だの深遠だのというケツの重いものは男や年寄りに遊ば せておけばよい。きゃつらは自分の時間が無限にあると思っているのだから。
女には賞味期限がついている。それはもちろん女性差別なのだが、どんなに怒ったって世間=社会=男は若い女にしか価値を見出さないんだからしょうがな い。女同士は、女の価値が若さだけではないことをよく知っている。明日のあの子は今日のあの子より輝く可能性がある事を理解している。しかし「加齢によっ て増してくる魅力」というのは、女には効果があってもほとんどの男には効果がない。私のように子供の頃から勝負をベタオリしている早熟かつクレバーなブサ イクはそのへんの苦労を引き受けないが、リングに上がり、女の馬鹿な面未熟な面しか見ない見たくないという男と一戦交えるべく拳を構えている女は全員、爆 弾が出てくるセガール映画の如きシブいカウントダウンの毎日を過ごしているのだ。明日は今日より確実に価値が下がっている。それが男から見る女の株価だ。 夢も希望も見えやしない。だから勝負に出ている戦士=スイーツ(笑)は、戦いの傷を癒すため刹那の美=しゃらくさいものをいつくしむのである。軽くてあま くてふわふわさくさくしていて、己と同じくはかない美を掌に乗せ鑑賞したり食ったりするのだ。一方男連中は賞味期限という概念そのものが人生に覆いかぶ さっていないので、10年かけてマッチ棒で姫路城を作ったりしている。
よし、今日もまだ死ぬ事を先延ばしに出来る
考えない事は出来ないから、他の思考で脳を塗り潰す
夜は早く寝るべきだ
日の光を浴びて働いていないと、思考が暴走して精神がざわつく
日の光は良い 正気で居られる
仕事は良い 何も考えなくて済む
ネットは良い 閉塞感を晴らしてくれる
音楽は良い 思考が阻害される
他人は嫌いだ 鏡となって要らないものを見せてくる
幸いな事に、世の中には無神経なほど「死んじゃ駄目だぞっ!死んでも良いことないぞっ!!ファイト^^」な理由が転がってる
生きてるから死にたい 生きてるから死にたくない
一体、いつになったら死ぬ覚悟が出来るんだろうか
親が死んだら?将来が見えなくなったら?生活できなくなったら?
俺は早く清算するべきだ、生きてる事の損失を
生きてるという拷問に耐え切れなくなる前に
何者でもなくても
ttp://d.hatena.ne.jp/kasawo/20100319/p1
春なのにデートもしないの、と彼女は小さい声で歌った。それから携帯電話を見て、まだかなあ、おなかすいた、と言った。おなかがすいて死にそうなの、と私も小さい声で歌った。私たちはもう一人の友だちが仕事を終えて合流するのを待っていた。
彼女は最初に就職した小さい会社から同業種の大企業に転職してしばらく働いていた。けれども社風が合わないので、前の会社の誘いに乗って戻ることにしたのだという。もう大きい会社とかどうでもいい、気持ちよく働けることのほうが大事、あと今日みたいに友だちと美味しいごはん食べられればそれでいいや。彼女はそう言う。
そうかあ、と私は言う。彼女は不満そうに続ける。でも、前の会社に戻るって言うともったいないもったいないって言われるんだよね。もったいなくなんかない、あんなジャイアンみたいな上役がいるところなんか。男の人たちは飲み会で仕事の自慢しかしないし。それで今度お食事でも、とか言われたって、仕事自慢だけじゃどういう人かわかんないんだから興味もてない。
私は少し思案して、それについては男の人たちにも言い分はあるみたいだよ、と説明する。聞いたところによると、多くの男の人は、仕事を通じて「自分はこのような価値のある人間である」というふうに感じていて、それが少なからずよりどころになっているんだって。それで会社の大きさを誇ったり、業績や評価を口にしたりする。自分を認めてほしいという気持ちがあればなおのことで、だから好かれたい相手には余計に言っちゃうんだって、自慢がましいことを。
職業の詳細より、なにが好きでなにが嫌いかとかのほうがよほど必要な情報だと思うけど、と彼女は言った。
私は聞いた話をそのまま口にする。うん、私もそう思うよ、でもあちこちに出回っている通念や周囲の人の感覚の影響を受けて社会的なものごとによりどころを求めるのはしかたのないことでもあって、何者かでなければつらいという気持ちを、できればちょっと認めてほしいって、そう言われたよ。おとこ族の一人としてそのように願っている、って。
彼女はけらけらと笑い、なあに、おとこ族って、と言う。性別が男性ならみんなあてはまるわけでもないし、あと女の人にもそういう人がときどきいるから、じゃないかな、と私は言う。彼女はまた声を出して笑い、それからもう一人の友だちが走ってくるのを見つけて、言った。自慢にもそれなりの切実な理由があるわけね、でも今日のところは何者でもなくても平気な三人でごはん食べよう。
http://anond.hatelabo.jp/20100320180535
http://anond.hatelabo.jp/20100320183716
この間コピペしまくってたのは君かwww
これは今日できたて。
あと、僕はちゃんと [reblog] ってつけます。
終わった後は普通、打ち上げだの飲み会だって騒ぐんだろうけど、
なんか気分が乗らず帰ってきちゃった。
式が終わって、誰とも写真も撮らず、会った人とろくに話もせず速攻帰ってきた。
それにしても袴の女子は皆、いつもよりも何割も増して可愛い。
私はデブスだから袴なんて恥ずかしくって(試着してみたら、自分がきれいな和紙で包まれた豚肉みたいだったから)スーツで出たけど、皆ものすごくキラキラしててなんか引け目感じちゃったよ。
友達付き合いは薄くて少ないほうだけど、一応何人か飲みには誘ってくれた。
それも断ってきちゃったから、大学の交友関係はもう終わった。でもそれでいい。
いまごろみんなは最後のバカ騒ぎ中か。
ちょっとうらやましいような、でも行ったら行ったでものすごく後悔してそうな、複雑な気分。
昔からそうだった。
何か無駄に冷めてて、卒業旅行とか打ち上げとか参加してこなかった。
でも今のところ、それはそれで後悔はしてない。
あと何年かたったら後悔する日がやってくるのだろうか。
その1 http://anond.hatelabo.jp/20100318123002
その2 http://anond.hatelabo.jp/20100318194644
もっと!集めて果てなく アイドル軍団
しんちゃんだけが使えるテクニックで
歌いつくして
今宵だけの夢
踊って激しく
ITIにDOIときたらKABUTOかな?ということで。
なんかこの歌で楽しく替え歌ってむずかしい。
もう振り向かず 歩いてゆけるさ
いつかまた会う その日まで
僕らの夢がきっと叶うように
あの星に願っているよ
どんなに遠く 二人はなれても
ずっと君を 思っている
この別々の道通り抜けたなら
きっと笑顔でまた会える
つむりでしんみりはもうやめよう!と思ってたんだけどやってまったー
「て」他にいないし(天狗はほかでうまいことやったし)、歌詞こんなだし。
歌詞ほとんど改編してないです。
チーモンだぞ つぶせ のし上がるぜ 最強まで
ふりまわすのが 快感だぜ
ふりまわしてぶっつぶしてやる
豪腕だぜ 豪腕だぜ つぶせ
と思ったらアームがよい具合にぶっつぶしてくれた(笑)「感動返せ」コメありがとう!
三十数年 時が過ぎ行けば
二人の会話は しなやかに
漫才上等奏でます あぁ奏でます
この地上で最強の兄弟
お家(いえ)のために戦いましょう
たった一人の相方のために
お客様へ 捧げます
二人の絆
…元歌詞のほう多く使ってるけど。
90組も あげきれないけど
ちょっとだけ 呼んでみようか
大きな声で いち に さん はい!
ぴ ぴ ピク兄
しゅ しゅ シューレスジョー
ら ら ライパッチ
す す すずらん ラン
あげきれなかった人たちを中心にー
すずらんとか最近人気のイメージあるんだけど、うまく歌詞にもりこめなかったなあ。
中村の特技は あいうえお作文
まさかのレギュラー キャンパスナイトフジ
覚えてもらえないまま終了……
「ゆ」といえば、たり感やろとは思ってたのだけど、いかんせん元歌詞がしんみりすぎる。でも極度の改編は嫌。ということで七色よりお借りしました。全然テンポ感違うのに、苦労せずはまるとはー
いごしょと同じく時事ネタ?まぜてしまった。
(売れたいんだ)
DOI 負けてしまいそう
だから
DOI 頑張っていきましょう
歌だってうたうよ 僕ら
だってアイドルするのが 好きなの
新潟で押見さんがアイドルやってるってのは知ってたんだけど、グループ名を知らず。なるほど「なじらね」ねーと思い何の気なしに入れたら反応多い(笑)
(君たちに)
女子女子を見せたげる
歌はまだね がんばるから
女子女子にしてやんよー
だからちょっと 覚悟をしててよね
女子女子て言ってあげる
世界中の誰誰より
だけどちょっと 地獄って言わせてよね
十年後にまた会おう この場所を飛び出して
今よりももっと輝いて
すぐに燃え尽きたりせずに
ずっと永遠のきみでいて
ほぼ改編せずにこのクオリティー
足りないよ あの4分何回やっても間に合わん
先手必勝早めにボケても いずれは話逸れていく
たまたま見たお正月あたりのAGEAGEで福田さんが「正月ルール採用!」的なことを言ってた記憶があるのだけどまるっきり気のせいかもわからん。
4分じゃ短い!となげく全てのコンビに捧ぐ。
時計の針はもう動き出すから 今すぐに走り出せ
誰のためでもなく 僕らは立ち上がる
力の限りを尽くして勝ち進め
きれいごとはいらない 要は勝てればいいのさ
もう誰にも止められはしないよ
ああ僕らは戦士 アゲレンジャー
さすがに「卑怯の限りを尽くして勝ち進め」とはいえなかった。
アゲレンジャーという語感のダサさだけなんとかしたいかも。
もっときて 最後に笑っちゃうのはあなたのはず
笑わせてるからです 結論
月曜日なのに客少ないのどうするよ
来て見てほしいのです いつでも!
「セーラー服着てライブ見に来てくれるとうれしいな」みたいなド変態ソングにしようかと一瞬もくろんでしまったけどやめました!
(あなたに会いたい キラッ)
漆黒の画面の中 あなたたち花火みたい
心が光の矢をはなつ
家で見てるときこんな気分だったかなーとか思って。
なんかそんな感じ。
あーげあげらいぶ!
最後はみんなで仲良く終わりたい。
☆☆☆
長々と読んでくださったみなさんありがとう!
というかその前に、長々とあの動画を見てくださってありがとう!!17分てなにそれ(笑)
試験勉強の気晴らしのつもりが、はまりすぎてまるっと一日で完成にこぎつけてしまった予想外の作品ではありますが(笑)、やー楽しかった。
というわけでうp主勉強期間中なのでさすがに今回動画はつけられないです…。それに私はライブに行ってしまう人なので、動画やっぱり無理だなって思いました。
動画職人募集中ううう タイトルも変えちゃっていいよ!思いつかなくてそのままのとことか…
もし現れてくれたらとても嬉しいです!が!
ひとまず、みんなサンキュー!!
昨年の夏から休学していて今年も休学で、いつか退学するつもりだったけど踏ん切りがつかず先送りにしていた。
大学に戻る予定はないのだけど、やはり退学するということは怖かった。でもずるずる籍を置いていても意味がない気がして、辞めることにした。
大学行かなきゃ、学歴なきゃダメと考えて生きてきただけに、書類を郵送するまで辛かった。でも郵送してみれば気分が楽。
入学したものの学部があわなくて毎日辛かったが我慢して卒業しなきゃいけないと思っていた。
結局ノイローゼになって倒れた。
それが人生を左右すると思えるくらいに大きな出来事だった。
中学から私立に行かせてもらっていたのに中退してごめんなさいと泣いた。
自分のしたいことを見つければ折り合いが付くと思って、小さい頃から本が好きなので日本文学を勉強したいと思った。
通信制だけど、ピッタリの学科を見つけたのでそこに行こうと思った。
しかし薬の加減か分からないけど、本が読めない。パソコンでも文字が読めない。
頭に入ってこなくて混乱する。
本を読むことが楽しみだったのに絶望的な気分になった。
AGEAGEメドレー『い.ろ.は.か.る.た』
歌詞とか答えあわせとか裏話とかそんなの
歌詞改良の提案とかも
by kag(うp主)
その2 http://anond.hatelabo.jp/20100318194644
その3 http://anond.hatelabo.jp/20100318200421
「最初はどっちが行きますか?」(い)
「どうぞ先輩お願いします」(ね)
「それなら本気でいきまっせ」(い)
「「いち に さん はい!」」(ふ、は)
そもそも作りたくなったきっかけが、某擬人化マンガ替え歌の「うたってみた」動画で一人二役いちゃこら楽しくやってるやつだったので、こんなとこまで遊びたくなってしまった。
チャッチャッチャーチャ チャカチャカチャッチャッカ イシバシハザマ
いいいーい いっいごしょうぎ 平均身長1・8・5(いちはちご)
魅惑の歌声 もう奏でられない けど
「い」の候補が多くて、イシハザ、いごしょ、犬、井下好井、インポッシブルとか。「ぬ」で使えそうだったので早々に犬は外し、「ゐ」で誰かしら使えるだろうからここはイメージ通りのイシハザで。流星群のあそこのパートがそうとう印象強かったー。
囲碁将棋もトップバッター似合うイメージ。もちろん某アーティストが逮捕されちゃった件です!あとあの人たちいっつもシチサンの集客なげいてるよね?
昔話してさ 金儲けしたいと 思う
ミスターBageと 呼ばれ続けたよ
肩書きなくした今目指すは M-1優勝
これはタイトル発信。「ろ」他にいなかった。タイトルうまくいってるなあー
ロシモン私にとってはコントより漫才のイメージ。M-1で三回くらい見たからかな。組曲の時は動画あさるとこからのスタートでした…
アル晴れた日のこと 女装以上の狂気が
限りなく降り注ぐ 不可能じゃないわ
次ネタ見るときは 笑ってねお願いよ
虫けらを集めよう 簡単なんだよこんなの
追いかけてね 捕まえるから
いちおうタイトル先行。ここらまでは「全員頭文字とりたい!」とか無謀すぎることを考えてた(笑)
でもよくはまったよねー!すごいすごい!たぶん最後の「あなたです」だけメロディー無視して超コワイ声だせばいいんだと思う!
じみなこみていた かくれんぼ
ひげづらだしたこ いっとうしょう
うらやましいけど またあした
キャラ立てよ
まんまのトリオ名あるのに使わなきゃだめじゃない?とか思って。AGEピラミッドのどこにいるかすらしらない…だってウィキにページなかったんだもの…
私にとってはただただ「キャラのインパクト強い人たち」っていうイメージだったので、そこそこ人気はあるけど地味目の子が、後輩のニンゲン見ながら「やばい俺もキャラ立てなあかんなあ…」ってぼやいてるつもりでした。
べつにしんちゃんでもいいよ!そりゃもう!元相方の彼ですよねわかります
ぽぽぽぽ ポテ少
ぽぽぽぽ ポテ少
ぽぽ ぽ ぽっぽ
ぽぽ ぽ ぽっぽ
ぽてーとー(少年じゃないけどー)
ぽてーとー(三十すぎてるけどー)
原曲は歌詞なしなので、最後まで無理やり歌詞おしこむか悩んでたんだけど、頭文字だしいいんじゃない?ということで。
ああ届かない 高く振り上げたあの腕
もう早くして 強く重ねてく言葉は
あれ、原題に比べてタイトル長くしすぎてた(笑)
動画では「ああどうしよう」のままにしてたんだけどこっちのほうがいいかなあ。
某替え歌MADの腕すかすかされてるみのちゃんがかわいかったので。
弾幕うれしい!ありがとうございます!
三人で決めた あの日から変わらず いつまでも
真っ直ぐに 俺たちはあるように
その名の通りの 強さを守れるよ きっと
「サンキューう!」(お)
「ダメですよ、もう出番終わり!」(む)
「はいお薬のんどいてくださいねー」(か)
「おっしゃサンキュー!!」(お)
「ほら帰って帰って!」(む)
「お、来たよー人気者が!」(か)
実は最後くらいまで誰にするか決まってなかった。ていうかパンサーも頭文字「は」なのに気づいとらんくて、思い出したときには良いトコ全部埋まっちゃってて(笑)そしたらタイトルうまいこといくもんだね。
あれなんですよ、原曲はすごいシリアスにカッコイイ感じなのに、某替え歌の方がかなりはっちゃけた自虐ソングだったから、どっちでいくかテンション決められずに最後まで残ってたのでした。
あ、後半は歌わなくていいですよ(笑)どうぞ熱→冷→冷→熱…な感じでしゃべってください!
チーモンです 俺ってチーモンチョーチュウ
チーモンです いや俺がチーモンチョーチュウ
チーモンです 俺俺ってチーモンチョーチュウ
ちがいます お前はただの「じゃない方」
そんなこと言うなよ 恥ずかしくってしょうがない
いいだろ二人 共に揃って
チーモンチョーチュウです 誰にも負けないぜ!
この歌、歌詞つけるとうざいよね(笑)どうやって中和するかということで、人気者つかえばいいんじゃない的な
チーモン大好きな私としてはいつかチーモンでちゃんとカッコイイ替え歌作りたいんだけどもー
「チーモンじゃない方でーす」って白井さんが菊地さん紹介するのって、ネタの掴みだっけ?
あふれ出す言葉はいつも同じでも
衝撃に心は慣れてはくれない
「本気で好きならその子を殺してしまえばいい
おまえだけのものになる」
「り」から始まる人おらん!だから完璧に歌詞のイメージで決めました。
ねえ またいじけてるの?
たまには自炊くらいしなさいよね
え? なに甘えてんだよ
俺は魚をさばくだけよ
そりゃできるならあなたに手料理
ふるまってやりもしたいけど……
でもうちの嫁 嫌いなんだろ?
「ぬ」いないよなあと思って、食べ物の歌詞だなあと思って、即決。押見さんが自炊する人かどうかみたいなとこは、すぐには調べがつかなかったのでうーむとなったけども。
あんがい池谷さんぽい口調になったよねーと思うのですがどうでしょう?
君のこと誰よりも 分かってるだから 私に任せて
こわがらないで 二人でネタしましょう
嫌なこと何もかも 全部忘れて
地獄の8期生 いじりすぎごめんなさい
前半は10/2/6の単独ライブのネタ、「伊藤は動きはいいけど喋りがダメだから、俺が一人二役で喋るからお前それに合わせて動いて」ってやつ。ピンポイントすぎてごめんなさい(笑)
歌詞まちがえてたから直しました。二番を谷間、もしくは狭間の7期生にして、これfullで作ろうかな(笑)
私を忘れないで
さっきの歌詞 ひどくない?
破天荒でやってます
キャラかためてやってます
ここも歌詞なかったんだよね。誰かいれたいなと思ったので、いれちゃいました。
ただのかわいそうなこになってしまった
さあ練習練習 You are my brother
もっともっと上手にしゃべらせて
朝ごはんだって寝るときだって いつだって一緒だった
バッシュとリヒたんの兄妹ソングでござい!
…そのイメージのままやっちゃった。
渋い声効いてるよ 水嶋と河童の合わせ技
カナリア前回ちゃんと取り上げたし許してくれるかなあとか思って…頭文字そろってるし。
ウッドフォー 悲しいときにも
ウッドフォー 元気になれるよ
ウッドフォー 森木がいるから
笑いを操作
原題のめっちゃオープンに下ネタなとこが重さんぽくないですか(笑)
あと重さんのツイッターID見て、やっぱりラフはlaughなんだねえと感慨受けたのをちょこっと。
ついてこれぬ奴は 切り捨てゴメイ
D輔 between knights 大取り合って
戦をまきおこせ ややイケメン
五明さん侍っぽいし、グランジいっつも戦巻き起こしてるイメージだし、ここグランジにするって決めてから歌詞のやりようが選択肢ありすぎて悩みました。三人とも名前を出すことで決着。大輔と大で名前かぶってるのがこういうときだけこまったりするんだね。
失恋した。
あの人は自分を見ていないということは、薄々気づいていた。
生まれてこのかたもてたことのない自分と、ためらいなく二人きりで遊びにつきあってくれたのはあの人だけだったから。
本当は聞きたくなかったけど勇気をしぼって聞いた。
「好きになった人がいるなら、なるべく二人で誘わないように気をつけるよ」
帰ってきた答えは、
「好きな人はいないけど、誤解されないように遊ぶときはなるべくみんなで遊ぼう」
だった。
脈なし宣言に落ち込んだけど、これから頑張ればいい!と張り切った。
調子に乗って次に会う約束もした。(ふたりきりではないけど)
それが昨日。
そして今日、パーティーのあと、皆が帰るのにあの人は当然のようにあいつと一緒に部屋に残った。
そのまま泊まるのだろう。
ひどく惨めな気分になった。
惨めにならないように、勇気を振り絞って確認したのに。
今日あんなにあからさまな態度を取るのなら、なんで昨日その場しのぎみたいな返事をしたのだろう。
結局あの人にとって自分は、適当にあしらっておけば良い程度の、取るに足らない存在だったのか。
それとも都合良く当て馬につかわれた?
何がいけなかったんだろうか?
異性として好きでなくても、友人としては心を開いてもらっていると思っていたのに。
そもそも二人で会ってるぐらいで舞い上がるのが非モテの勘違いなのか。
もうすぐ30になるのにこの有様。
ああ、あたしゃあ情けなくて涙が出るよ。
19歳大学生です。
高校1年の頃から友達だった女の子を、自分の失恋相談がきっかけで好きになりました。
それが去年の9月くらいのことです。
2人で花火やショッピングや大学の文化祭などのデートをした後、クリスマスに告白しました。
返事はそのときは保留にされ、2月にまたデートをしたときに断られました。
返事の内容は
「すごく悩んで、それでも答え出せなくて、今日会ってもっかい考えようと思ってた。
それで、やっぱり◯◯ちゃんとは友だちの期間が長かったから、そういう関係でしか見られないって思った」
という感じでした。
私も潔くお断りを受け入れ、また友だちとしてでいいから遊びに行こう、と言いました。
彼女も、友だちとしてなら全然かまわないよ、と言ってれました。
それから1ヶ月経ちましたが、当然のように彼女のことが頭から離れず、会いたい気持ちでいっぱいです。
どうしても付き合いたい、というわがままを言っているのではなくて、元のように友だちとしてでいいので会いたいです。
どうやって誘えば、向こうの気分を害することがないでしょうか。
東京都議会の条例改正によって影響があるアニメ・漫画・ゲームの例
http://tokyo.cool.ne.jp/jfeug/siryou/togikai_eikyou.html
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/10_eiga_tosyo_ichiran.html
東京都の規制の対象は、「児童ポルノ」ではないです。「18歳未満のキャラクターの性表現を肯定的に描くこと」です。
ポルノに限ってはいません。それを「児童ポルノ」と報道すると印象が変わり、報道によるミスリードが起きています。
http://twitter.com/honeyhoney13/status/10545935767
http://blog.livedoor.jp/nob_kodera/archives/2487793.html
http://tadashiniji.blog54.fc2.com/blog-entry-36.html
アメリカのコミックコードと同じく、台湾にも1966年頃に"漫畫審查制度"というのがあって。
しかもコミックコードよりたちが悪い。"現実にありえないこと"も禁止されました。
アメリカはスーパーヒーローと喋るマウスが生き残ったけど、台湾はほとんど全滅。
その間に日本の漫画が輸入されて、日本の漫画がメインになりました。(海賊版ですが…)
1987年頃に漫畫審查制度が廃止されたけど、台湾の漫画界はもう一からやり直ししかない状況になりました。
1992年頃に新著作權法が実行され、出版社が日本からライセンスをとって、日本の漫画が表舞台に躍り出ました。
そして、台湾の子供は翻訳した日本の漫画とともに成長し、今に至る。
日本でも、児ポ法はエロゲーだけではなく、アニメと漫画も影響されると思います。
さすがに台湾のようにはならないと思うですか……
http://www.geocities.jp/laugh_man_is/dai4kai.htm
http://www.konest.com/data/korean_life_detail.html?no=2882
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%BC%AB%E7%94%BB
韓国も1966年合同出版社が設立、1968年に児童マンガ倫理委員会が発足(のちの刊行物審議倫理委員会マンガ部)し
厳しい事前検閲が行われた結果、質の低落と海賊版マンガの流通に拍車をかけた。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0903&f=national_0903_016.shtml
日本では多様なジャンルの漫画が発達しているが、韓国はなぜそのようになれないのか
http://blog.naver.com/gato_tv?Redirect=Log&logNo=90065895023
http://wiredvision.jp/archives/200307/2003072408.html
40年前にこの法律があったら、ハレンチ学園はかけなかった。マジンガーZなどは国際的にも評価されているが、ヒロインの性的な魅力がポイントになっている。
たとえば違う犯罪があって家宅捜索されたときに、別件でしょっぴくことはあり得る危険な法案。日本のマンガが発展し、アキバに外国人が押し寄せてきているのは、日本は魅力的コンテンツが自由に描けることが大きかった。韓国では規制が厳しく、マンガの発展が30年遅れてしまったといわれている。
日本にはハリウッドと同じぐらいの宝がある。これは世界のコンベンションでもよく言われる。若い人がそういうものを描いてみたいという思いが、可能性を広げている。
日本は資源がない。知財は未来に重要。規制されてマンガ産業が疲弊してしまった、らつまらない国になる。おもちゃ、テレビ業界などに影響をおよぼすものである。
http://news.livedoor.com/article/detail/4201570/
http://www.menscyzo.com/2009/07/post_137.html
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2788.html
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2788d.html
Rapes (per capita) by country. Definition, graph and map.
http://www.nationmaster.com/graph/cri_rap_percap-crime-rapes-per-capita
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-youjyoRape.htm
http://okwave.jp/qa/q3118668.html
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-2221
日本と外国との比較で、なぜ、外国の性犯罪率が高いのでしょうか?
http://okwave.jp/qa/q5541554.html?order=&by=
エロゲが性犯罪の増加に関係ないなんて証拠はあるの!グラフの見方で変わる統計学
http://plaza.rakuten.co.jp/fantag/diary/200907030000/
非実在青少年なんて、こんなのネタだろと思っていた。出版社でもどうせ民主党が反対するだろうと言っていた。
しかし状況を聴くと、このままだと通るということがわかってきた。宮台真司 氏、東浩紀氏にも相談したが、このままだと通るという。その時点で全然報道されていない。検索したが、当時痛いニュースぐらいしか出てこなかった。
そこでいろいろ情報をまとめて、ブログはやってなかったのでMixi日記にあげた。知り合いの記者に連絡したが、記者もこの問題を知らなかった。知ってたのは1人だけ。知ってはいるけど通らないんじゃないかというぐらいのことだった。
このような性急なスケジュールの中で、条例が決められていく。規制したいとしても、このような形でこんな大きな影響を与えるものが決まって良いはずがない。都の方では「強姦」や「みだりに」といった表現で押さえているという。
改正案に元々ある8条1号には、図書以外にゲームなども入っている。実際もう規制は行なわれている。今まで野放しになったものを取り締まるというが、嘘である。「みだりに」は、いくらでも「みだりに」解釈できる。
東京都に問い合わせた人によれば、「規制対象など細かい規則は条例が通ってから考える」という。たとえば16歳の女性と30歳男性の真摯な恋愛をどう扱うかと質問したところ、「今後検討する」という。16歳と30歳の恋愛は、議論の余地があると都は考えているということだ。
問題にしているのは、18歳未満に見えるキャラクターの性を肯定的に描くこと。子どもを守るのをお題目に、道徳的な取り締まりをしたいだけではないか。さらに児童を18歳未満と規定していることも問題。児童ポルノといえば、ものすごく小さな子どもを対象としているイメージがあるが、それをそれを利用しているのである。
本当に取り締まったら犯罪が減るのか。逆の統計のほうが多い。規制強化すれば性犯罪は増える。一概にこれが原因とは言い切れないが、事実。
たとえば性犯罪による犯罪率は、韓国11人 米国6人、日本1人。規制が厳しい順に犯罪率が高い。たとえば食べ物が潤沢にある場合は人のものまでとらないだろう。つまりは同じことである。
欧米では規制強化が高い。世界で一番発達したマンガ文化と市場を持つ日本から、発信していくべきだが、現状は全く逆。ブラジル会議では、日本5000億円がマンガ産業、このほとんどが児童ポルノでしめられていると報告された。実際には本当に一部である。
今後この議論は、また巻き起こってくる。表現と社会について、論議を深めていくことが求められる。表現の自由は、戦前に自由にものが言うことができないとどういうことになるかというのを、日本人は一番知っている。どこよりも大事だと知る文化がある。それがこんな文化を産んでいる。
表現には、悪いことも描かれている。悪い感情も抱き止める力になる。自分のマイナスの感情をどこにいっても否定されたら、犯罪者になるしかない。マンガがそれを抱き留める力を持っているから、日本の性犯罪率がこれだけ低いと考える。
GAWさんの熱いエントリ読んだ。
だいたい同意なんだけど、親の側の意見もあるよって事で。
ちなみに、青春時代を非モテキモオタとして鬱々と過ごしたのち結婚。子供3人を授かる40代PG。
オタク業界で働くものとして、また中学生の子供を持つ40代のオッサンとして、なんとなく意見を書いてみる。
色々的外れな部分もあると思うが、勘弁して欲しい。(と、予防線w)
他の親がどう思ってるかなんて知らんです。
文中の「親としては」の部分は「俺は」に読み替えてもらう方がいいかも。
■世界中に存在する「あなた」たちへ
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20100316/1268714062
まず、親としては子供が赤ん坊の頃から手取り足とり世話して選別しながら育ててきたわけで。
それこそ、おっぱい飲む事ですら下手くそで、しょっちゅう吐いてみては心配したり、のどに詰まらせないかドキドキしながらはじめての離乳食あげてみたり、腹筋弱くてウンコすら満足にできないでホゲホゲ泣いてる赤ん坊のお尻を突いてみたり、ハイハイしだしたらそこら中のゴミを手当たり次第に口に入れたり、ソファーから転げ落ちて机の角に頭ぶつけてプチ流血したり…
そういう「子供は見てないと何するかわからん」「親が選んであげないと危なっかしい」という刷り込みが大前提としてあると思ってほしい。これが1点目。
また親としては、子供の成長とともに「この程度は自分で行動できる」「これは子供の判断に任せても大丈夫」という風に信頼できるようになるんだけど、
それには、親の側が子供に色んな事をやらせてみて結果を判断するという事を、数多く積み重ねるしかない。
子離れの為には相当数の「子供の自主性を信頼するという経験」を積み、成長しないといけない訳だが、子供を気にかけ心配すればするほど、子離れの為の助走期間は長くなる。
つまり、子供を信頼し子離れするには、親の側の成長も必要という事。これが2点目。
さらに、自分がよくわからんものは判断できないから子供にも与えたくない。
親と言っても人間だから、そりゃ楽できる部分は楽したいし、そういう判断についても規制でアウトソースできるならそうしたい。
みんながダメといってるもので、確固たる信念がないものについては、同調した方が楽だし、正直どうでもいい。
…という、消極的な規制容認と言うバイアスが働きがちになるのはしょうが無いよね、人間だもの。って事。これが3点目。
んで、規制論の話なんだけど、自分はネット上の意見と同じように、非実在青少年の規制には当然反対する。
そのうえで、「オトナの色んな規制ウゼー」的な意見についてだが、これはしょうが無い気がするんだよ。
まず、大人は子供に対していつまでも子供として見ているし、どこまで子供に任せていいのかいつも悩んでいる。つーか、だれも正解なんて教えてくれないから、ヤバげなものはとりあえず却下。
多くの人が、ほとんどの作品はセーフだけど、これはさすがに子供に見せない方が良いだろって判断基準を持ってると思うが、そうやって「さすがにこれはダメ」って作品は人によって大きく違う。
オタク寄りの人はその基準が甘くなるとは思うが、世の中にはオタクじゃない人もいっぱいいる訳で、そういう人の基準はどうしても辛くなる。
ある人は巨乳がダメだけど貧乳はOKかもしれないし、レイプはNGだけど痴漢はOKかもしれない。獣姦はOKでスカトロはNGかもしれない。別の人はとにかく裸は全部ダメかもしれない。グラビアアイドルはOKだけど2次にハァハァする息子の姿はみたくないからNGとか、アニメのキャラを俺の嫁とか言ってる30代キモヲタであるところの、近所にすんでる奴の姿と、今まさにエロ漫画を手にしつつある子供の姿がだぶって見えて恐怖したりとか。つーか過去の自分がどんだけ腐れオタクでもキモいもんはキモいわけで。我が子がそうなる可能性を排除したがらない親はそうそういないと思うわけで。
そうやって、色んな人達の「さすがにこれはダメでしょ」を集めていくと、どうやってもダメなものの数が膨大になり、表現の幅は狭まっていく。
それが制度として作られてしまうと、最低基準のラインがそこになる。そうなると基準はもう動かない。
だって「昨日までスク水はNGだったけど、今日からOKにします」なんて風に、ダメなもののラインを引き下げる妥当かつ積極的な理由は(ほとんどの場合)見当たらないから。
あとは「さすがにダメでしょ」的なものをドンドン追加するだけ。
最初は、ちょっとした「親としてこれは見せたくないよね」程度の意見にすぎないものでも、寄せ集まり熟成される事で表現の自由を脅かす暴力になる。
親としては子供に任せるのは不安だから、ヤバいものは子供の目につくところから無くなってくれた方が楽なわけで(親だって、楽に子育てしたいじゃん)。
親の怠慢と言われればそうかもしれないけど、他の危険物(食品や薬品や武器やなんか諸々)はしっかりと規制され隔離されて子供の手に入りにくいところに置いてあるのに、コンテンツに関してだけは子供が簡単に手に入るところに置いてあるわけで。
極端な話、コンビニにけん銃は置いてないけどエロ本は置いてあるし、毒薬は簡単には手に入らないけど同人ロリスカトロものはネットですぐに見つかる。
なんで他の見せたくない物や危険物と違って、ヤバいコンテンツだけは親が内容を判断し気にかけなきゃならんのよ?と。
それなら、他の危険物と同じように、人格や性的し好に悪影響を及ぼす(及ぼしそうな)エログロものも、規制という形で判断をアウトソースしてくれてもいいんじゃねと。
だいたい、子供が簡単に出入りできる場所に、大人向けのおゲレツド変態ものなんて置いてくれるなよと。
混在しておいてあるからまとめて規制するしかないだろがと。
そういう風に考える人もいるだろう。俺含めて。
コンテンツ業界が自主的にやってくれないで、ロリエロスカトロ触手ものが平気で町の本屋で売ってたり、ネットでググればソッコーでその手のエロコンテンツにヒットする状況で、親が子供の性的し好を監視するのっても限界があるから、ある程度は規制でゾーニングしてくれよと考える。
そうやって、みんながいきなりエロを全否定し規制したいわけじゃなくて、なんとなくダメそうなものはどれ?って意見を集めていくと、自然と規制だらけになっちゃう。
エロコンテンツの数があまりにも多すぎて、親が管理できないんだもん。規制に頼るしかない。
これは、なんつーかもう、しょうがないんだな。
結局、何が言いたいかっていうと、規制が増えるのはシステムの問題であるという事と、親にとって子供はいつまでも子供なのである程度の歳までは親が選択してあげるのは必要だって事と、親も自分でなんとかできりゃいいけどコンテンツが多すぎて無理でしょって事。
たぶん同じような事はこれからも起きると思う。
だから、ダメな法案が出たらネットで監視して、同じように反対運動するしかないよね。って思うわけです。
例の条例については、まだまだ安心はできないけど、ひとまずはお疲れさまでした。
なんか全然まとまってなくてスマン。